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2008年11月24日

ペ●スは、神様からの贈り物です

これが難しいところで…。
「ワリア(waria)」(トランスジェンダーの意)という言葉は初耳だったが、イスラム教徒の多い場所ではこの人の様に、もとはカトリック教徒であっても、トランスジェンダーが多い事実は、言われ続けていた。


ヒトというのは染色体に違いが有っても、男女の壁というのは意外に脆いもので、肉体的違和感や精神的傾倒等、色々な理由で境界が希薄になりがちな生き物らしい。

結果に対する原因は様々で究明すらされてないし、表出する現象の多彩さが不明瞭になっている事も問題の難しさの原因となっている。

一時期、イルカや霊長類の観察例との比較や、実際のヒトの研究などで、かなり表出現象の細分定義がなされた様に見られたが、文化・社会・医療・生理等の総合性がない事と、社会内での偏見から問題が別方向に向かったりした事も、この事象の複雑さを増してしまう事になった。

恐らく、一番良いのは、与えられた肉体に対し疑問なく受容できる事であろうとは思われる。

「らしさ」に対して細かい社会(乃至は文化)の規定がある場合に、最大問題化(個の内で)する事なのだと思う。

置かれた状態と与えられた情報の不一致…と考えるのが、個人的には理に叶っていそうな気がする。


かつて、オコゲの女の子に連れられて行った新宿2丁目のハントバーで、ドイツ人と議論になった事がある。

日本語には女性言葉があるが英語にはない」という主張に対し、ドイツ人は映画を引き合いに出し、「ある俳優の〜〜〜というシーンは〜〜〜という言葉をとても女性的に使っている」と身振りを交えて主張する。
「そうじゃない。じゃぁそれをト書き無しの脚本に文章化できるか?日本じゃ簡単だぞ!」と言うと、その点については納得してくれた。

しかし「今からの時代、文字よりも映像が残る」と彼は主張してたが、その通りになった…かもしれない。

自分の属性を簡単に主張できる様になればなるほど…。

そして、他の個が発する情報を簡単に入手可能になればなるほど…。

さらに、その個同士が簡単にコミュニケート出来るようになればなるほど…。


個の細分化に固定力がつく。

そういう意味でのボーダーレスな時代が来ている気がする。


                        
                    
                            
posted by 代官 at 18:10| ドバイ | 日記+α | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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